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◇4-1
「あぁぁぁーーっ」
なぁーんーかぁー へぇーんーなぁーかぁーんーじぃ~~~…………。 パチィーーンッ!!
「痛っっ」
ゴボゴボゴボゴボッ……。 て・ん・し…………?
渦に巻かれながら、僕の記憶は少しづつ戻ってきた。
あぁぁーーーっ!!
でも水面が分からない……んっ、ホタル!
ンッ ンッ ンッ。
「プワァーー、フゥゥゥ~~~」
すると、いっせいにホタル達が顔をめがけて飛んできた。
「わぁぁ~~、わかった、わかった。脅かして悪かったよ。キミたちの水を飲んだりしないからっ」
きりがないので、また水の中に潜り水面を見てみると、ホタル達が僕を探しているように見えた。
二の腕と足の裏がピリピリして痛かったが、川の水は温かくとても気持ちよかった。
ホタル達がずいぶん落ち着いてきたように見えたので、ゆっくりと水面に顔を出すと“ドゥオオォーーッ”と、今度は滝。
潜っている間に、滝のそばまで流されていた。
滝つぼに落ちて来る大量の水は、黒い水あめの様で、その黒い水あめは滝つぼで弾け白い泡へと変った。
「でも、凄い数のホタルだなぁ~」
そんなにこの水が甘いのか、少しなめてみた。
「!?」
ぜんぜん甘くないんだけど……。
「あのぉ~」
「あぁ~」
僕は急いで、ゴムボートの方へ泳いで行き、
「すいませ~ん。おかげで助かりましたぁ~」
と言いながら、ボートに捕まろうとした瞬間、彼女の顔を見た……。
月の光に照れされた彼女の髪は銀色に輝き、黒くて大きな瞳からは、今にも涙がこぼれ落ちそうだった。
水に浮いたまま、彼女を見ていると、
「良かった無事で、早く上がって!」
「あぁ……でも、君がぬれないかなぁ~」
「ん~ん、いいの。早く」
「あっ、じゃあ」
ボートに乗ると、彼女は僕の顔を見てタオルをくれた。
「ありがとう」
「雫です」
「SI・ZU・KU……もしかしてあの滝の……?」
「そうです。私が撮った写真です」
「君が……あぁ、武です」と、彼は大きな手を差し出した。冷たい……。
「武さん、あなたのリュックを持って来てるの。早く着替えたほうがいいわ」
「えぇっ?」
私達は、リュックの置いてある大きな岩までボートを運び、私がリュックを渡すと、
「無事だったんだ。」
彼は私の目の前で服を脱ぎ始め、大きな月をバックに、裸になる彼の姿はとても綺麗だった。
裸のまま座りこみリュックの中から腕時計を付け、グレーのショートパンツと紺色のTシャツを着、
夜空に向かい大きく背伸びをし、
「あぁ~~、戻ってこれたぁ~~~」
と、彼は言った。
そばへ行くと、首にかけている“ペンダント”を外し私の首にかけてくれ、
「洞窟の中で君の声を聞いたんだ」
「私の声を?」
「うん。『がんばって』って、あの声が聞こえなかったら、今頃どうなってた事か……本当にありがとう」
私の声、届いたんだ……。
「でも無事で良かった。この“ペンダント”……リュックに入ってたガラスと同じ……あっ、ごめんなさい。
中見ちゃって」
「うぅ~ん、いいんだ。“シーグラス”といって、浜辺で拾えるガラスなんだ」
「浜辺で拾えるガラス?」
「うん。浜辺を歩いていると、時々そういうガラスが落ちていてね」
「ふぅ~ん……でも綺麗。ありがとう」
「うん」
「あっ、コーヒー飲む?」
「ありがたい」
「はいっ」
「ありがとう……ハァ~美味し~……美味しいなぁ~~」
「フフフッ♪ もう一杯飲む?」
「うん、タバコ吸ってもいいかなぁ?」
「どうぞ」
彼は白い紙を左手に持ち、右手で一本分のタバコの葉を取り出し、
白い紙の上にのせ、親指と人指し指を器用に使い、クルクルと一本タバコを巻き火を点けた。
「へぇ~、そうやって巻くんだぁ」
「うん。面倒だけど意外においしくてね。やめられないんだ」
「ふぅ~ん」
彼はリュックから携帯灰皿とカロリーメイトフルーツ味を取り出し、袋を破り私に一本くれ、
そしてもう一本をそのまま口の中に放りこんだ。
コーヒーを飲みタバコを吸いながら、月を眺める彼を見ていると、私はなんだかとても優しい気持ちになれた。
「ねぇ~」
「んっ」
「あの滝で何があったの?」
「ん~……」
彼はもう一本、綺麗な指でタバコを巻きながら、ゆっくりと話だした。
「僕はあの日、滝を探しに山へ入ったんだ。一日目は結局、滝を探す事が出来ず、山の中で一夜を過ごす事になってね」
「山の中で?」
「うん。
今日みたいに月がとっても綺麗な夜で、眠たくなるまでずっと月を眺めていると、
いつの間にか眠ってしまい、甘い花の香りと、遠くから聞こえて来る滝の音で目が覚めたんだ。
霧の中その音だけをたよりに滝を探してみたんだけど、気づくと谷底に下りていてね、
もう滝の音はどこからも聞こえて来なかった……。
僕は座りこみ、下りてきた山を見て、そして右側の崖を見上げたんだ。
あの山の上で滝の音が聞こえたんだから、やっぱりこの崖を登るしかないんだ……」
と彼は、左手を上げて、右手を上げ説明した。
「登って行くと、水しぶきの音がかすかに聞こえてきてね、
たくさんのカラス達が、下の町へと飛んで行く姿が見えたんだ。
やっとの思いで崖を登ると、滝の上へと続く小さな道があってね、
その脇にあじさいの花に囲まれたかわいいお墓があったんだ。
僕はそのお墓に手を合わせ、滝へ近づくと“七つの岩”の割れ目から勢いよく水が噴き出し、
まるで空中に『ななにんのてんし』が舞っている様に見えたんだ。
嬉しくて靴を脱ぎ、裸になって滝の水を浴びた後、着替えをしパーコレーターでコーヒーを作り、
タバコを吸いながら滝を眺めていると“シュュ~~ッ”って、
滝の水が岩の割れ目に吸い込まれていったんだ!」
「エェェッ!?」
「そばへ行き、岩の割れ目を見てると今度は“ドゥオオォーーッ”と、水が……。
で……、気づいた時にはあの洞窟の中って訳。
さっき滝つぼに落ちるまでは記憶がとぼしくてね。自分が誰だか、よく分からなかったんだ…………」
「今は大丈夫?」
「うん。まぁ、体のあっちこっち痛いけどねぇ」
「フフフッ♪ あなたを押し流したのは『シルバーゴースト』」
『シルバーゴースト?』
「うん。
あの滝は普段一本なの。一本と言う言い方もおかしいけど、普段は普通の滝なの。
その水の姿が“おばけ”の様に見えるから、家のお爺ちゃんが『シルバーゴースト』って、名前を付けたの。
その『シルバーゴースト』の滝は、時々“七つの水”に分かれ、その姿が“七人の天使”に見えるから、
これもまたお爺ちゃんが『ななにんてんし』と、名前を付けたの」
「そうだったんだぁ~」
「うん。
あの天使はいつ現れるか誰にも分からなくて、私は朝起きると、必ず滝を見に行く事にしているんだけど、
綺麗に『ななにんてんし』が空に舞う事は、なかなか無いのよ。
そう言う意味では、あなたはとてもラッキーだったと思うわ」
「そうかぁ~。あの天使はいつも見れる訳じゃないんだ」
「そうよ。私だって5回位しか見たことがないわ。あの写真はその中の一枚」
「そうなんだぁ~。
僕は雑貨屋さんであのポストカードを見つけた時、なんかこの滝を見に行かなきゃ……。
ん~、見ると言うよりも逢いに行かなきゃと、思ったんだ」
「フフフッ♪ 嬉しい。
あの写真を見て、そんな風に思ってくれたなんて。
私は小さい時から、このホタル滝と家の下にある『シルバーゴースト』の滝を見て育ったの」
「家の下? えぇっ? あの滝の上に君の家があるの?」
「そぅ。あなたが手を合わせてくれたのは、家のお婆ちゃんのお墓。あの道を上がると私の家」
「エェェ~ッ!?」
「フフフッ♪ そうよ私の家からこの滝まで、ちゃんと道はあるのよ」
「そうなのかぁ~。
僕が滝の場所を聞くと、トマトをいじってたじぃちゃんは、
『ほぉ~、あの山じゃ。その林道から入るといい。ユリの花が案内してくれるじゃろう』と、言うから……?
どこかで道を間違えたのかなぁ~?」
「ユリの花に惑わされたのね」
「うぅ~ん……。ところで、どうして僕がここに居ると思ったの?」
「家のお爺ちゃんが“ここ”だって言ったのよ」
「お爺ちゃんが……?」
「うん。
私も知なかったの。『シルバーゴースト』と、このホタル滝が繋がってるなんて」
「えっ? そうなの?」
「うん」
「“この男はとても苦しんでおるっ。助けられるのはお前しかおらん”って。
“ゴムボートに空気を入れ、温かいコーヒーを持っていけ”って、
まるで自分が、あの滝から落ちた事があるみたいに言うのよ」
「もしかすると、君のお爺さんもあの洞窟を通って、この滝つぼに出た事があったりしてね……」
「フフフッ♪ それはあるかも。
小さい頃よくお爺ちゃんとお婆ちゃんと、この滝にホタルを見にきたわ。
小さな私にお婆ちゃんは、
『雫。
この石もあの滝も、それからあの大きな山も、みんな生きているのよ。
生きているものはみんな大事にしなきゃね』って、よく言ってたわ。
お婆ちゃんの周りには、いつもたくさんのホタル達が集まってきて、とても綺麗だった」
「きみの周りにも、かなりホタルが居るけど……」
「あっ! 私、夢を見たの」
「どんな?」
「あのね、このホタル滝のホタルは夏の間『シルバーゴースト』の滝の上まで水を運んでいるって、
そのホタルがそう言ったの」
「…………」
「あっ。ばかにした」
「あぁ、ちょっと待って。コーヒーがこぼれるって……」
気づくと、彼女の顔がすぐそばにあった。
僕らは見つめ合ったまま動けなくなり、彼女の大きな瞳を見つめていると、
なんだか懐かし様な、くすぐったい様な――何とも言えない気持ちでいると――
一匹のホタルが、静かに僕の鼻の上に止まり…… 一・二・三と、お尻を光らせ飛んで行った。
「フフフッ♪」
「ンフフフッ」
『ハッハッハッハッ~~♪♪』
「でも、君のお爺さんにもお礼を言わなきゃね」
「家のお爺ちゃん面白いわよぉ、きっと武さんと話が合うと思うわ」
「そうかなぁ」
「うん!」
それから私達はいろんな話をした。
彼が小さい時からスナフキンに憧れていて、暇さえあればキャンプに行っている事や、
私が親と離れ小学生の時から、あの滝の上に住んでいる事や、よく聴く音楽の話。
今まで読んだ本の中で何が良かったなど、時間が経つのも忘れ夢中で話をした。
気づくと空が少し明るくなっていた。
「あっ! カレー!!」
「カレー。 いいねぇー、なんかお腹すいてこない?」
「ねぇ、武さん?」
「ん?」
「今から、私の家に来ない?」
「えぇっ? でも、いいの……?」
「うん。きっとお爺ちゃん、私達の事待っていると思うから」
「そぉ~……じゃあ、お礼を言いにちょっとだけ」
僕らが立ち上がろうとした時、滝つぼにいるホタル達がいっせいに浮かび上がり大きな光の玉となり、
その光の玉は少しづつ形を変え『シルバーゴースト』がある、滝の方へと飛び始めた。
「おぉぉ~~っ! すごいっ!! 君の言ったとおりだ」
まだ暗い山を昇って行くホタル達は、まるで“金色に輝く竜”の様に見えた。
「写真に撮らなくていいの?」
「うん。いいの」
「そっ」
私達は車に乗り、お爺ちゃんが待つ家へと向かった。
◇4-2
ばぁさん、憶えておるか? わしらが初めて会った、あのホタル滝を……。
わしはあの日、この滝へと写真を撮りに来たんじゃ。
すると“七つ”の滝は消え、気づくと洞窟の中へと流されておって。
長い時間さまよい、何度も溺れかけ、あの滝つぼへと辿り着いた時には、もうヘトヘトじゃった……。
あの時、アジサイ柄の浴衣を着たお前が滝つぼの中まで入って来て、
『しっかりっ! 頑張って!!』
と、わしを岸まで連れて行ってくれたのぉ……。
今、あの時と同じ様に雫がある男を助けに行っとる。
あの滝でお前に助けてもらい、一緒になり家を建て、
そして娘が生まれその娘は嫁へ行き、それから孫が出来その孫が、あの滝へと誰かを助けに行く。
面白いもんじゃ。
まるでこの滝のようじゃないか。
激しく流れたと思えば、時には立ち止まり、また流れたと思えばパッと消えていく――
――まるで人間の一生のようじゃ。
お前にも見えておるか。
今日も見事に『ななにんてんし』が、空に舞っとるわい。
おわり
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最後まで読んでくれて ありがとうございました。
KOUHII
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◆ななにんてんし |
◇3-1
私はギアを2速から3速、3速から2速へとダウンし、ホタル滝へと向かった。
ホタル滝の駐車場には何台か車が停まっており、車を降りて滝のそばへ行ってみると子供の声が聞こえ、お父さんはカメラを持ち、お母さんと子供達2人が水遊びをしている。
その他にも釣りをしている人が2人、あと滝のそばで4人の観光客が滝を眺めていた。
私も滝のそばへ行き、お爺ちゃんが言っていた洞窟を探してみた。
「やっぱりあの穴のことか~」
この前私が写真を撮りに来た時とは違い、その洞窟からは勢いよく、滝つぼへと水が流れ落ちていた。
滝つぼに目を凝らし、隅から隅まで見てみたが、その男の人らしき人はどこにも居なかった。
私にはどうしても信じられなかった。
うちの下にある滝と、この山を何個か越えたこの滝が洞窟で繋がっているなんて。
本当にあの洞窟から、誰か出てくるのだろうか?
あんなに水が流れている中を、どうやって出てくるのかしら……。
私は一度車に戻り、カメラを首にかけ滝が見渡せる大きな岩に座り込んだ。
子供達が無邪気に遊んでる姿に何気なくピントを合わせ、シャッターを切った。
「軽いっ。こんなにシャッターが軽く切れたのは何ヶ月ぶりだろう」
フィルムを巻き上げ、今度はお母さんとその娘にピントを合わせる。
お姉ちゃんが勢いよく妹とお母さんに向かい、水をかける。 パシャッ。
「やっぱり軽い」
今度は空に向かい、パシャッ。 釣り人にレンズを向け、パシャッ。
あんなに重かったシャッターが、こんなに軽く切れる。
何も考えずに、この日常を切り撮っていく。こういう事を私は忘れていたのだ。
“毎日の生活の中の切り撮り” これが私の写真の原点。
いつの間にか良い写真を撮らなければ――良い写真じゃないと意味がない――そんな気持ちに押し潰されていた。
私はそんなに器用じゃないのに……。
「ハァ~、今日ここへ来て良かった」
でもここでこうやって、楽しく過ごしている人達は、あの洞窟の中で戦っている人の事は知らない。
私は車からゴムボートを降ろし、そのボートの中に持ってきた荷物を入れ、滝つぼの方へと運んでいると、
観光に来ていたお爺ちゃんが、
「お嬢さん。そんなものを引っ張ってどこへ行く?」
「えぇ、ちょっと滝つぼに」
「止めときなさい。もうすぐ暗くなる」
「暗くならないと、撮れないんで」と言いながら、首に下げているニコンFを指差した。
「おぉおぉ、ホタルじゃな?」
「そうです」
「それでは、気をつけなさいよ」
「はい。ありがとうございます」
やっとの思いで滝つぼまでボートを降ろし、水に浮かべた。
この前来た時よりも波が無い。
辺りはすっかりオレンジ色に包まれ、最後に残った釣り人が帰り支度を始めていた。
私はゴムボートをこの前来た時と同じように、木の根に縛り、ボートに寝転んで空を眺めていた。
張り切って助けに来たのはいいが、私にはどうする事も出来ない……。
気づくと滝の周りは真っ暗で、線香花火の光のように滝つぼへと、ホタル達が舞下りて来た。
夢の事を思い出し、ボートの上で正座をしホタル達に頭を下げ、
「いつもお水をありがとうございます」
その瞬間、苦痛な叫び声が聞こえた。
私は洞窟の穴を睨んだが、そこはすでに黒い壁で、慌てておじいちゃんが持たせてくれた大きな懐中電灯を取り出し、
洞窟のある場所を照らして見た――
――さっきよりも水の量が増えている。
私はここに来てあまり実感が持てなかったが、生きてる。彼は戦っている。
『お前の気持ちが、きっと奴にも届くはずじゃ』
そうよ、気持ち。今、私に出来る事は祈るだけ…………。
私は洞窟を見つめ、“がんばって”と祈り続けた。
◇3-2
「おぉ~、意外に流れがあるなぁ~。それに思ったよりでかいぞっ!」
穴の中は薄暗く、僕はうまくバランスを取りながら水の流れに身をまかせた。
このまま外に出れるって事は――ないよねぇ~。ん~、なんか流れが速くなってきたような――
ズッ、ズッズゥー、ズゥーーー。
「えぇっ!? なんだあの音?」
吸い込まれる? 僕はとっさに深く息を吸い体を丸くした。
ゴォーゴォーー ボコボコボコッ…………。
何度も何度もどこかに体をぶつけて、下に落ちているのか流されているのか。
ボコボコボコッ…………。
もう――だめだ――息が。
『がんばって』
えっ? だれっ?
ゴォォォーーーーー。
「プワァーー!」
僕は、すごい勢いで流されている。
流れに逆らい一生懸命泳いでみたが、またしても闇。
逆らっているのか、流されているのか、まったくわからない…………。
あっ! 触れた、浅い。
何かに捕まろうと必死で探すが、ぬるぬるしていて、どこにも捕まる事ができない。
「うぅ~~、んっ?」
なんだっ? 穴……??
左手の人差し指と中指がちょうど小さな穴に入り、ようやく止まる事が出来たが、口や鼻の中に、
容赦なく水は飛び込んでくる。
ゴボゴボゴボーーーッ。
左手に力を入れ、ゆっくりと立ち上がろうとしてみたが、水の流れが速くうまく立つ事が出来ない。
今度はその左手に み ぎ て を持っていき、さらに力を入れ、ようやくその流れから顔を出す事ができた。
「カッカッカッ、クッ・クッ・クッ・クッ……」
呼吸をしようと思っても、器官に水が入っていて上手く呼吸が出来ない。
ありったけの力を振り絞り、何度も咳をし、息が出来るようになった時には、鼻水と涙で顔がグシャグシャになっていた。
「ハァ~…………」
なんとか呼吸を整え今度は両足の親指に力をいれ、左手の人差し指と中指、それに右手は爪をたて、
僕は歯を食いしばりようやく立ち上がる事が出来た。
「クゥ~ッ、クゥ~ッ、クッッ」
体を前に倒し右側の か べ に…………。
「んっ? 硬い」
壁にはもう苔は無く、ゴツゴツとした岩のようになっていた。その岩を右手で掴み、一歩一歩壁へと近づいた。
「フゥ~~~」
ようやくその岩を両手で掴み、僕は少し目を閉じた――
きっと色んな所が痛いんだろうけど、あまりにも体が冷たくてよくわからない。
ぼんやりと目を開け右を見てみると、
「あ……夜空だ…………」
急にまぶたが重くなり――
『だめ おきて』
「あっ!」
ゴォォーーーッ。
流れはどんどん速くなり水かさも増え、水の音も大きくなっている。
「寝てた…………」
今一瞬、寝てたよな?
「あっ、夜空! 出口だ」
危なかったぁ~。もう少し遅かったら、あそこから下に……下に? 夜空?
水の落下する音といい、この夜空、僕はかなり高い所に居るのでは? ん~ もしかしてこの音…………。
「滝?」
たしか滝って、こんな音がしてたような気がするんだけど……。
捕まる所はできたがこの流れ。
またいつ足をすくわれるか、僕は次の岩に手を伸ばそうとしたが、両手が固まっていて動かない。
固まった右手の指を少しずつほどき、息をふきかけ動かしてみた。
んっ、なんとかなりそうだ。
慎重に次の岩に手を伸ばし、少しずつ出口の方へ向かった。
出口の手前に出っ張った岩があり、その岩にゆっくりと右足を架けてみた。
んっ、大丈夫。
両手でしっかり左の岩を掴み、外をのぞいて見た……。
「うわぁぁ~~」
目が開けれない。何度も瞬きをし良く見ると、右側には大きな滝。
左側には、光の道がある。
「おぉ~、やっとでれたよぉ~~」
滝つぼを覗いて見ると金色に輝いている。
顔にかかった水しぶきを拭い、もう一度良く見てみると――
「ホタルだっ!」
あれ全部 ホ・タ・ル!?
「ハァ~……大渋滞だね。えーっと、ここから滝つぼまでは……」
15メートル以上は……あるなぁ~。
「んっ。絶対ある。足元は……ん~……ムリッ」
とても下りれそうにない。
「どうしたらいいんだ100円くん……ん? 滝 つ ぼ になにかある。ボート……?
な ん か よく見えないなぁ~ でも誰か……いる? あっ、人だっ! おぉーい!! んっ? 手を振っている?」
「おぉーーい!!」
人を見て、こんなにホッとしたのは初めてかも。
「すいませぇ~ん。どこかぁ~、下に下りるぅ道はあーりーまーすーかぁーー」
「※◎△~」
「ん~、何か言っているなぁ~」
でも滝の音がうるさくて、よく聞こえない。なんだかこっちに来いって言ってるみたいだけど。
「だぁーかぁーらぁー どぉーやってぇー おぉーりぃーれぇーばぁー いぃーんですかぁーーっ!!」
するとオールで水面をたたき出した。
叩くたびにホタルが逃げるので、その水面に黒い穴ができ、ここに飛び込めって言っているみたいだった。
僕は洞窟を振り返り――夜空を見上げ――ハァ~~。
すると急に強い風が吹き、下から声が。
『ここよー』
「んっ?」
下を見ると、また水面を叩いている。
「まったく…………」
ハァ~、下はホタルと水だ。死にはしないだろう。
僕は大きく深呼吸をし、なぜか十字を切って滝つぼに思い切って飛び込んだ。
つづく
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◆ななにんてんし |
◇2-1
言いたい事をいい黙っていると、雫の音が聞こえてきた。
僕は足でリズムをとりながら、
その雫の音に合わせ、ナット・キング・コールが歌う“スマイル”を口笛で吹いてみた。 ~♪
口笛は雫を避けるように、遠くへと響いていったが、とても寂しい音に聞こえた。
ひと通り吹き終わり、何かを待ったが……何も起こらなかった。
「ほんじゃあ~ 先に進みますか!
えぇっ? なんだぁ? 壁? 行き止まりのすぐ手前で休んでたの?」
嘘だろ~ いやいや、どこかに道が……。
「足元に……穴?」
手で慎重にさわって見ると、70センチ位の穴が向こうに続いているみたいだ。僕は目を閉じ、耳を傾けた――
――静かだ。
穴の中に顔を入れ、よぉーく見てみると、向こうで青白く何か光っている様な――いない様な――
「ん~、ハッキリ見えないなぁ~……あっ! 石」
石を投げて見れば、大体何メートル位かわかるかも。
手探りで石を探して見たが、小石すら落ちていない。
何も落ちてないってどういうことだ? ここまで裸足で歩いてきたんだよなぁ。
生ぬるい水の他は、何も踏んだ覚えがない――てことは――?
ここに大量の水が流れたって事じゃないの?
目が覚めてここまで、左側だけを歩いてきた。じゃあ、右側はどうなっている?
おそるおそる、行き止まりの壁を右側へと進んだ。8歩進んだ所で壁。やはり湿った苔。ん~…………。
間違いないなぁ~。ここは洞窟だ。
下の水を探ってみると、たしかにこの穴へと水は流れ込んでいる。
でも先に進まないと、ここにじっとしててもしょうがない。 何かないのか~と、ポケットに手を入れた。
「あっ! 120円。君がいたんだー」
ポケットからコインを取り出し、
「悪いねぇ120円くん、ちょっと様子を見てきてほしいんだ。
ここまで二人でやって来たんだから、これからも二人で協力しあって出口を探そうじゃないか。それじゃ頼んだよ!」
120円の中の10円くんを選び、左手で穴を確認し、水平に10円くんを投げた…………ショボッ。
「えぇ~っ。――ショボッて――10円く~ん」
ん~……。周りが柔らかい苔だから音がしないんだ……。
「縦! 縦に投げればぁ!」
その穴に手を入れ下が石である事を確認し、ポケットから二枚のコインを取り出し、もう一枚の10円くんを握りしめた。
「今度は頼んだよっ、10円くん!」
と言いながら、下に叩きつけるように10円くんを縦向きに投げた。 チィン……チィン……チィン。
「えっ、消えたっ? いや普通、チィン、チィン、チィン ショボッ。じゃないの?
なぜ、最後のショボッが無い……。う~ん……なんかよくわからないなぁ~」
あと、コインは一枚。王様の100円くん。誰かが、両替してくれれば10枚の10円くん。
でもそんなに、長い距離じゃないような気がするなぁ~。
「んっ、行こう!」
どうせ、進むしかないんだから。
僕は思いきって、穴の中へ飛び込んだ。
「あっ!」
なんか耳が痛い。
同じ暗闇でもぜんぜん雰囲気が違うなぁ~、これじゃ~まるでヘビに飲まれたカエルだね。
いやいや、こういう場合は何も考えずに早く進むべきだ!
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハェッ」
気づくと左腕と頭半分、穴に落ちかけていた。
「ハァァ~」
僕はゆっくり戻り、体勢を立て直し下をのぞいて見た。
始めはそこに何があるのか理解出来ず、しばらく眺めていた。
あまりにも長く黒色しか見ていないので、急に色が付いたものを見ると、なんだか戸惑ってしまう。
水……綺麗な水だ。
穴から落ちた雫たちは水面で弾け、綺麗な波紋を画いていた。
「おぉぉ~…………」
それになんで、あんなに水が光ってんだ――? 光る――光? 水が光るはずはないよね。じゃあ、光が差しこんでいる。
と言う事は、出口はすぐそこ!
と思った時には、すでに水の中に飛び込んでいた。
ギィィ~! 冷たぁ~。
「ハァー、 うぅぅ~~」
と言いながら、周りを見た。
僕は溜まった水の中心に浮いていて、水の周りには緑色とも青色とも言えない苔が、水面に反射しキラキラと輝いていた。
上を見ると天井一面が天然の水晶でおおわれ、そのとがった剣先が今にも僕をめがけ飛んできそうだった。
「おぉ~、これが光の正体かぁ~。
寒いっ。ど……こ……か……に……で……れ……る…………あった! えぇ~、また穴ぁ~!?」
その入り口は、まるで巨大な魚が口を開けているように見えた。
すでに手と足の感覚があまり無く、このままここに浮いているわけにはいかないし。
あの穴が入り口か出口か――ハァ~、まったく――
僕はゆっくりと、穴の方へ泳いで行った。
◇2-2
私は大きなホタルに乗っていて、空を飛んでいた。
「雫さん」
「ハイ」
「少し上まで上がりますよ」
「どうぞ」
するとホタルは月の正面まで上がり、
「こうして月の光を浴びないと、おしりの光が消えてしまうんです」
「えぇっ! そうだったの?」
「そうなんです。
ワタシタチはこうやって夏のあいだ月の光を浴び、
ホタル滝の水を『シルバーゴースト』の滝の上まで運んでいるんですよ」
「へぇ~っ」
「そうしないと、滝は枯れてしまうのです。滝が枯れるとお婆さまが悲しみます」
「お婆ちゃん……?」
「そうです。
お婆さまはいつもワタシタチに「お水をありがとうね~」と言ってくださいました。
だからワタシタチは一生懸命、あの滝へと水を運ぶのです。
雫さん、これからも滝を大切にしてくださいね。あぁ、それと滝で――」
――えっ、何? 滝がどうしたの?
私はびっくりするくらい汗をかいていた。
「ハァ~……」
バスルームへ行き冷たいシャワーを頭から浴びながら、寂しい気持ちで一杯だった。
お婆ちゃん……。私、うまく撮れないの。いい写真て何? みんなが喜ぶ写真て何――分からないよ――
私はバスタオルを体に巻きキッチンへ行き、お爺ちゃんがいつも聴いている、
西田佐知子さんが歌う“コーヒールンバ”を聴きながらアイスコーヒーを飲んでいると、
「おぉ~っ、ただいま。なかなかセクシーじゃのぉ~」
「そうよっ」
「今日はいいスジ肉があってのぉ~、カレーがうまいぞぉ~」
「なんだか嬉しそうね」
「おぉ、あの都会もんがログハウスに住みたいそうじゃ」
「住むことにしたんだ」
「おぉ~、明日から忙しくなるぞ」
「私も明日から、真面目に写真を撮ります」
「そうかっ」
「んっ」
「おお~っ、わしはスジを煮込まんと」
私は部屋に上がり、
紺色のショートパンツにフレッド・ペリーの白いポロシャツを着、お爺ちゃんに貰ったニコンFを眺めた。
“誰もが好きな事をやれる時代じゃ。
でもその好きな事を続けていくのは難しいものじゃ。
だが、その難しい事をやり遂げた人間だけが見る事ができる景色がある”
と、お爺ちゃんは言っていた。
私もその景色を見たい…………。
茶色いげんべいのビーチサンダルを履き、
「お爺ちゃん、ちょっと滝を見てくる!」
「おぉー」
玄関を出て滝へと下りる道の途中に、お婆ちゃんのお墓がある。
お墓の周りには、お婆ちゃんが大好きだったアジサイの花が沢山咲いている。
私はお墓の前で手を合わせ、
「お婆ちゃん。ホタル達は今も大切に水を運んでいますよ。これからは私がホタル達にお礼を言うね……」
さ~ぁ、今日はどうかなぁ~と思い左角を曲がると、
「あっ『シルバーゴースト』やっぱりだめかぁ~」
でもお爺ちゃんぴったりな名前を付けたわねぇ~。この滝、どこから見ても“銀色のおばけ”にしか見えないもの。
太陽が滝を照らし、綺麗な虹をかけた。
ニコンFを構えファインダーを覗き、ピントを合わせると、
「あれっ?」
勢いよく流れ出る水の下に何かある。
私はカメラを下に置き、滝のそばへ行って見ると、大きな革靴とリュックが流されそうになっていた。
回りを見渡したが、誰も居ない。
靴とリュックをカメラが置いている場所まで持って行き、もう一度周りを見た。
「あのぉ~、誰かいますかぁー?」
と大きな声を出してみたが――もしかして――
「ごめんなさい。ちょっと見せて貰うわね」
茶色い革靴はレッドウイング。
それにリュックの上には腕時計……これお爺ちゃんのとよく似てるなぁ~。
それにDRUM……たばこ?
「ん~……」
リュックの中を見てみると財布……あっ、身分証明書……はない。でもこの黒い財布トンボ柄がかわいい。
それにナイフ・コーヒー豆・カロリーメイト・Tシャツ・下着・ハーフパンツ・バンダナ・ソックス。
それとこれは洗濯ものね。携帯電話は……無い。
「ん――これは何かな――石?」
ガラス? なんかよくわからないけど綺麗。サイドポケットは……。
「あっ、これ私が撮った写真……」
この人、この滝を見に来たの? ――もしかしたら滝の向こう側にいるかも――
私はリュックの中に時計とタバコを入れ、家の前にリュックと靴を置き、滝の向こう側へと急いだ。
誰もいない。
あの滝から身を投げたってことは……。アァ~ッ、とにかくお爺ちゃんに知らせなきゃ。
「お爺ちゃ~ん!!」
「何を騒いでおる?」
「あぁ、お爺ちゃん。これ見てっ!」
「ほぉ、いい靴じゃのぉ~」
「そうじゃなくて、このリュックとこの靴。滝のそばで流されそうになってたの。
声をかけてみたんだけど、誰もいないし。
悪いとは思ったんだけど、リュックの中を調べたの。すると――私の写真が入っていて――」
「ほぉ~、なかなかやるのぉ~。わしはてっきり、おまえさんは男嫌いかと思っとったよ」
「だからそうじゃなくてー。私が賞をとったあの写真よ。あの滝の写真」
「おーおー『ななにんてんし』か」
「そっ。その『ななにんてんし』のポストカードが、サイドポケットに入ってたの」
「ほぉ~、リュックは見たのか?」
「見たわ」
「ん~、何か入っとらんのかぁ~? 財布とか……」
私はリュックから財布を取り出し、お爺ちゃんに渡した。
「ほぉ~、これはこれは印伝の二ツ折財布じゃ。中には……免許証は入っておらんのぉ~」
「あっ、それにお爺ちゃん。この時計……これお爺ちゃんのと同じじゃないの?」
「ほぉ~、どれどれ。ん~、わしのROLEXは“1016”じゃが、こやつの時計は……“14270”じゃのぉ」
「どこがちがうの? 私には同じようにしか見えないけど」
「まあ、似たようなもんじゃあ。」
「ね~、お爺ちゃん。この人大丈夫?」
と聞くと、お爺ちゃんはダビドフのミニシガリロを取り出し、吸い口をペロっと舐めると100円ライターで火をつけた。
「ん~、なんとも言えんが。わしが思うに……
こやつは朝、滝を見たんじゃろぉ。それもその右側の崖を登ってこの滝へ来たんじゃ」
「崖を?」
「そうじゃ。
家の前のこの道を通ったんであれば、わしが気づいておるわ。
知っての通り、この滝へ来るにはわしが作った道を通るか、向こうの山を越え崖を登って来なければ、
この滝へとは上って来れんのじゃ。なかなかタフなやつじゃわい。ほっほっ」
「お~爺ちゃん」
「すまん、すまん。とにかく、あの『シルバーゴースト』の滝の水は、洞窟を流れホタル滝へと繋がっておる。
「洞窟で……? この家の下にある『シルバーゴースト』の滝と、その下のホタル滝が繋がっているの?」
「そうじゃ」
「そうじゃって。
お爺ちゃん、そんなこと一度も言わなかったじゃない……。
もしかして風の強い夜、滝の下から“オォォ~ッ”って、聞こえてくるのって洞窟からだったの?」
「んっ」
「ひどいっ!
あれは『シルバーゴースト』が寂しくて泣いておるんじゃって、言ってたじゃない。私、結構信じてたんだから」
「ほっほっ。
お前もホタル滝の写真を撮ったじゃろ。写真を撮った時、大きな滝のそばに小さな洞窟が見えなかったか?」
「ん~、あの滝の横にある小さな穴のことかなぁ……」
「そうじゃ。『シルバーゴースト』の水はその小さな洞窟を流れ、ホタル滝の滝つぼへと流れ落ちているのじゃ」
「ここからホタル滝までかなりあるわよ。大丈夫なの?」
「そうじゃなぁ~。普通じゃったら、出てくるのが難しいのぉー」
「難しいのぉーって……」
「ん~、この男は“人生の楽しみ方”をよく分かっておる。こういう男はなかなか死なせてもらえんもんじゃ。 雫」
「んっ?」
「お前が行くんじゃ」
「どこへ?」
「お前がぁ~、助けに行くんじゃ!]
「私がっ!?」
「この男はとても苦しんでおるっ。助けられるのはお前しかおらんっ」
「………………」
「何をグズグズしておるっ。早く用意せんかー!」
「あぁ~っ、ハイ!」
私は二階の部屋へと駆けあがった。
「あぁー、何を持っていけばいいのかなー?
まずはえぇ~、タオル。ん、それに……あぁー着替え。いやいや、着替えはリュックに入ってるし。
ん~、ケガとかしてないのかな……。お爺ちゃん、薬箱はどーこー?」
「電話の横じゃ」
「あぁ~、あった」
「おぉーおぉー、張り切っとるのぉー。おぉそうじゃ、ゴムボートに空気を入れてっとぉー。
あとは懐中電灯と熱いコーヒーじゃな。なんだかわしも忙しくなってきたのぉー。カレーも作らんといかんし。
雫、用意が済んだら下へおりてきなさい」
「ハーイ」
私は思ったモノをバッグに詰め下におりた。
「お爺ちゃんどこー?」
「ここじゃっ」
お爺ちゃんはゴムボートに空気を入れていた。
「雫、お前は熱いコーヒーを入れ水筒に詰めるんじゃ」
「コーヒー?」
「そうじゃ、体が冷えとるはずじゃ」
「んっ、わかった」
「よし! これで用意は出来た。雫、まだかぁー」
「ハーイ」
「お前のジムニーの上にゴムボートを乗せたんで、ゆっくりでいいから気をつけて運転するんじゃぞ!」
「お爺ちゃん、きっと無事だよね!?」
「んっ。“お前の気持ち”がきっと奴にも届くはずじゃ」
「んっ。行って来る!」 ブォ~ンブォ~ン、キュルキュルキュルル~…………
「あぁ~あぁ。
ゆっくり行けと言うと、あぁ~じゃ。誰に似たんじゃ――
――雫。
お前には言っておらんかったが、わしもその昔あの『シルバーゴースト』に落っことされたんじゃ。
あの洞窟は結構しんどいぞ。明日の朝までに出てこれんようじゃったら……。
まぁ、持ち物を見る限り――なかなか面白そうな男じゃ――」
「待っててよ。すぐに行くからっ!」
つづく
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◆ななにんてんし |
◇1-1
雨?
目を覚ますと――そこは真っ暗だった――腕時計の夜光文字盤を見たが、時計は……ない……。
首を傾げると、ズゥーッと耳の中に何か入ってきた。僕はビックリして首を横に振り、耳の中のものを出した……水?
ここは……?
少し考えてみたが頭の中には、マクドナルド、浜辺、電車、青リンゴ……だけしか浮かばない。
ん~…………。
少しずつ右手で立ち上がり、左手で周りを探ってみた。
「壁?」
湿った苔?
その湿った壁に両手を付き、右を見て左を見た。ただ闇が広がっている。
「あっ! ライター……が無い」
タバコも……財布も無い。ある物はポケットの中の三枚のコインだけ。触った感じは……120円。120円……?
僕は左手でその壁を触り、右手を前に出し、足で探りながら一歩一歩先へと進んだ。
足元を流れる水は、確かにこの先へと流れている――きっとどこかに出れるはずだ――
出れなかった…………。
どこまで歩いても湿った壁の苔。どれほど時間が経ち、どれだけの距離を歩いたのか……。
「はぁ~、出口はこっちで間違いないよねぇ~? 120円くん……」
と大きな声を出し、右のポケットに手を入れコインを鳴らしてみた。
120円くんは返事をしてくれたが、ちょっと疲れてるみたいだった。
「少し、休もうか」
僕は座り込み、もう一度確認して見た。
首に……ペンダント。
それに……Tシャツと半パン、あとは裸足。 ん~、キャンプにでも来てたのか?
それにしてもこの道? もう6時間以上は絶対歩いているよ。
6時間あったら……。
映画館のフードコーナーへ行き、キャラメル味のポップコーンを買い、
アイスコーヒーを飲みながら好きな映画が2本観れる……。
もしくは、プールで2キロ泳いだあと百貨店へ行き、ブルックス・ブラザーズのポロカラーシャツを選び、
一階にあるシャネルに寄ってエゴイスト・プラチナムを買い、スターバックスでダーク・モカ・チップ・フラペチーノを飲み、タバコを三本吸っても6時間はかからない――。
「あれ? なにが言いたいんだぁ? まぁ~、いいか。
それにしても120円くん。君は無口だねぇ。こういう場合、何か気の利いた事を言うもんだよ。
意外と頑張り屋さんですね とか。
暗闇の中、怖くはないですか とか。
早く部屋に戻りコーヒーを入れ、タバコを吸いながらシャーロック・ホームズでも読んでみたくないですか とか。
ル・コルビュジエとミース・ファン・デル・ローエどちらが好きですか とか。
イチゴジャムと、マーマレードは朝食にはかかせないですよね とか。
パスタは、歯にまとわりつく位が丁度いい とか。
すいかより、パイナップルの方が美味しくないですか とか。
バケットは口の中が切れそうなくらい、堅くなくてはいけない とか。
ゆでたまごは水からゆでるんではなく、沸とうしたお湯からゆで始めなければいけない とか
好きな絵本はさびしがりやのクニットだ とか。
つばめは正面から見るととっても可愛らしい とか。
晴れた海も素敵ですが、曇った海もなかなか良いですよ とか。
いろいろ言う事があるでしょ」
「………………」
「はぁ~、君がおしゃべりでとても楽しいよ」
◇1-2
私はベッドで横になり、何度も何度もジェイド・インが歌う“スカボローフェア”を聴いていた。
《また、いい写真を撮ってくださいね。これからも期待しています》
《SIZUKUさんのポストカード、お店でとっても人気があるんですよ。また、いい写真が撮れたらいってくださいね》
いい写真……期待しています…………。
「ハァ~、またうまく寝れなかった……」
窓を開けるとブルーレースの空。
甘い花の香りが部屋の中へと入ってくる。
「ん~、起きますか」
メンズのお店で買ったうすいピンク色のシャツを着て、下のバスルームへ行き、歯をみがき顔を洗っていると、
「おはよう」
「おはよう」と濡れた顔で答えると、
「また、寝とらんのか?」
「ん~ん、ちゃんと寝たよ」
「おまえさんの顔には寝ていません、とかいておるがなぁ~」
「そんなこと、かいていません」
「ハッ、ハッ。出かけんのか?」
「ん~、今日はやめとく」
「お爺ちゃん朝ごはんまだでしょ? 何か作るから一緒に食べようよ」
私はキッチンへ行き、ハムエッグとトマトサラダを作りテーブルへと運んだ。
「お爺ちゃん、パンも食べる?」
「いや、これでいいよ」
「そぉ」
「雫。たまにはあいつから連絡はあるのか?」
「おかあさん?」
「ん」
「相変わらず」
「たまには、会いにいったらどうじゃ?」
「ん~ん、いいの。私はね、あの二人が仲が良ければそれでいいの」
「そういうものかねぇ~」
「そういうものよ~。私、あの二人といると、なんだかキャラメルのおまけのような気持ちになるの」
「おまけ」
「そうよ。甘~いキャラメルと甘くないおまけ……」
「ハッハッハッ~。おまえは面白いことをいいよる」
「あれは……おまえが小学校五年生の夏休みか。
突然『私、お爺ちゃんとお婆ちゃんと住む』と言いよって、わしらはびっくりしたんじゃ。
次の日になれば、気持ちも変わるじゃろうといっとったんじゃが――頑としておまえは帰らんかった。
何度も何度も迎えに来ても、おまえの気持ちは変らんかったなぁ。
一度聞いて見たかったんじゃが、なぜじゃ?」
「ん~、あの時はうまく言えなかったんだけど。わたしあまり都会が好きになれないの」
「ほぉ~?」
「ココとは、時間の流れが違うし……。
“考える時間を考え、その考える時間のことを忘れ、忘れてしまった事を、また考える”と、言うか…………」
「難しい事を言うのぉ」
「ん~、そぉ。難しいの」
「でもお爺ちゃんとお婆ちゃんと居たら、うまく笑えたの」
「――そうか――お婆ちゃんもきっと喜んどるじゃろぅ」
「ん……ところで、お爺ちゃん」
「ん?」
「なぜ写真を始めたの?」
「そうじゃなぁ……。
“自分が表現できない事を表現したかった”と、言えば聞こえがいいが、本当はカッコイイからじゃ」
「カッコイイ?」
「そうじゃ。写真を撮っていた自分に酔っとったんじゃなぁ~」
「ナルシストね~。でもお爺ちゃん本当にカッコイイから!」
「ん~、みんなそういいよる!」
「フフフッ♪」
「さあ、そろそろ行くか」
「この前ココに遊びに来てた人、ログハウスに住むの?」
「ん~、今日もその人に会うんじゃが。都会からいきなり、山暮らしは難しいかもしれんのぉ」
「そうね~」
「まあ、3時位には戻ってこれるじゃろ。今日はカレーにするか?」
「うん! 私、お爺ちゃんの作るカレー大好き。それでは宜しくお願いします」
「はいはい。宜しくお願いされました。戻るまで、休んどるといい。あまり寝ておらんのじゃろ?」
「ん。ありがとう。お爺ちゃんも、気をつけてね」
「はいはい。じゃ、行ってくるよ」
私は後片付けをすまし、二階へと上がった。
ベッドに横になり、ジェーン・バーキンが歌う“L’aquoiboniste”を聴きながら、深い眠りへと落ちていった。
つづく
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